シンポジウム開催趣旨

 今日、フランシス・ベイコン(Francis Bacon, 1561-1626)は何よりもまず学問の革新を企てた哲学者として知られている。彼は論争しか生まないスコラ哲学とやみくもに実験を行う錬金術を拒絶し、帰納法に基づき有用な成果を上げる学問の必要性を唱えた。この刷新された学問は、国家による援助のもとで、多数の人間の協力によって行われるべきとされた。
 このような一般的なベイコン像は何一つ誤りを含んでいないし、実際に彼の思想のうちで後世の人々が着目したのはこの側面であった。しかし学問革新の理念のみに着目するのでは「すべての知識は私の領域に属する」と考えていたベイコンを正当に評価することはできない。特に見逃されてしまうのが彼の神学理解とそれに深くかかわる諸問題である。実際、新たな学問区分を提唱した彼にとって、神学と哲学の関係を明らかにすることは不可避の課題であった。また彼は古代より伝わる寓話(神話)の解釈を学問の重要な一区分として認めているし、神学の教義に規定された枠組みの中で、伝統的アリストテレス主義とは相容れない物質論を展開している。さらにこの物質理論が現れる著作が、ロバート・ボイルによって読まれているという事実は、学問革新論のみに着目することが、ベイコン思想の受容を考える上でも不十分であることを明らかにしている。
 そこで本シンポジウムでは、以下の5つの発表を通してこれまで十分に着目されてこなかった神学にかかわるベイコンの思想の諸側面に光を当てる。

  • 下野葉月、「ベイコンにおける神学と哲学 理性と啓示」
  • 伊藤博明、「ベイコンと『古代人の知恵』」
  • 坂本邦暢、「ベイコンにおける創造と摂理 質料に宿る力と量」
  • 柴田和宏、「ベイコンの物質理論 『濃と希の誌』の分析を通して」
  • 吉本秀之、「ロバート・ボイルにおけるベイコン主義」

これらの発表と会場での質疑応答によって、従来とは異なる角度からとらえられた新たなベイコン像を浮き上がらせることを目指す。